イシヅヤシン OFFICIAL BLOG「叙情詩の種」

日々の出来事や物語、歌詞などを書きます。

【物語】電車の中が暇だったので書いた物語。

 

 

 

AM7:00。

アラームよりも先に目覚めた五十嵐は洗面所へ向かう。顔を洗い、歯を磨いて準備を整える。いよいよ今夜が決行の日だ。

 


スマホを見ると恋人の友香から「おはよう」と連絡が来ていた。

五十嵐は返信を済ませ朝食の準備に取り掛かる。

 


昨晩研いだばかりの包丁は切れ味がよく、どんなものであっても簡単に切れてしまいそうだ。

 


昨日の残りのじゃがいもを賽の目切りにして炒め、溶いた卵を流し入れる。塩胡椒を振り、フリッタータを作る。

 


簡単な料理であっても、今夜の事を考えると特別に感じられた。

 


「さて、そろそろいくか。」

五十嵐はスーツに着替え家を出た。

 


五十嵐の勤める会社は大手の運送会社だ。元々配達の仕事をしていたが、この春本社営業部への栄転となった。

 


そこで友香と出会い、交際をする事となったのだ。

 


とても順調で幸せな日々で、自然と結婚も考えていた。

友香のあんな秘密を知るまでは…。

 

 

 

会社には2人の交際は伏せている。

職場恋愛というのはなにかと面倒が多く、「知られると余計な気遣いをさせてしまうのが嫌だから」と友香から秘密にすることを提案された。

 


今思えばこの秘密主義な所も怪しかったのだが、そのミステリアスな感じがまたたまらなく好きだった。

 


初めて彼女が秘密を明かしたのは昨晩の事。五十嵐はその事実に驚愕し、落胆もした。しかし、既に愛してしまっているこの感情を誤魔化す事など到底できるわけもなく、、、

 


「それならば…」と、五十嵐はある決意をした。

 


そして今夜、それは行われる。

昼休憩になり、友香にメールをした。

「今夜、大事な話があるからウチにこないか?」

 


友香からは「…わかった」とだけ返事が来た。

 


五十嵐は仕事を効率よく終わらせ、定時で会社を出た。ふと友香の方に目をやると、部長から任された資料の整理をしていた。

 


「計算通りだ。」

五十嵐は心の中でガッツポーズをし、会社を出た。

 


「早く家に向かい、準備をしなくては!」

五十嵐は急いでいた。友香の残業はいつもの事で、おそらく2時間ほどかかる。

友香には悪いが、今夜に限ってはこの残業こそが五十嵐の作戦の肝だった。

 


家に着き、真っ黒なフード付きのスウェットに着替えた。髪の毛をすべてフードの中にしまい、マスクとゴム手袋をする。

 


次に部屋から異臭が漏れないよう窓にガムテープを貼った。

 


包丁を取り出す。

「これであいつを粉々にすれば…きっと大丈夫だ。」

 

 

 

冷蔵庫に入れていた小鍋を火にかけ温める。

中には昨日作っておいたカレーが入っていた。あとは友香が帰ってくるのを待つだけだ。

 


「くっくっく。」五十嵐は笑った。

 


友香はどんな顔をするだろう?

それを想像するだけで笑みが溢れてしまう。

「きっと友香ならわかってくれる。」

五十嵐には自信があった。

 


友香がやってきた。

「うわっ、なにその格好…あとこの…ニオイ、、、」

 

 

 

「おかえり、友香。待ってたよ」

五十嵐が笑う。

 


「これは…カレー??」

友香が五十嵐に尋ねる。

 


「そうだよ友香。君の為に作ったんだ。」

 


友香は「あ、作ってくれたんだ、、ありがとう。」と礼を言い「でもなんでそんな格好してるの?」と聞いた。

 


五十嵐は「僕は少し特殊な潔癖性でね、料理の時だけこうしないと気が済まないんだ。」と答えた。

 


「ふーん、、でも、なんで窓の隙間にガムテープ貼ってるの?」と友香はさらに聞く。

 


「このカレーのスパイシーで食欲をそそる香りを閉じ込めるためだよ。」五十嵐は答えた。

 


友香は「そこまでする?」と笑いながらもテーブルに並べられたカレーを一口食べた。

 


「…ん?これって…」

 


「どうかしたかい?友香」五十嵐は不敵な笑みを浮かべている。

 

 

 

 

 

 

 


「お、、お、、、」

 

 

 

 

 

 

「美味しいー!!!」

 


「こんな美味しいカレー初めて食べた!」と友香は感動している。

 


すると五十嵐が笑みを浮かべながら言う。

「それは良かった。実はこのカレー、リンゴが入ってるんだ。」

 


次の瞬間、カラン…と音を立ててスプーンが落ちる。

友香が血相を変えて五十嵐の方を見ている。

 


「な、なん…で?私…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

友香はリンゴが嫌いだった。

それはもうとことん嫌いだった。

生で食べるのなんでもってのほかで、アップルパイも、リンゴジュースも、すり下ろしたリンゴも大嫌いだった。

 


酸っぱいのか甘いのか、赤いのか緑なのかハッキリしろよ!とも言っていた。

 


僕の"大好きな"リンゴを。

 

 

 

 


そんな友香が、リンゴ入りのカレーを食べて美味しいと言った。

 

 

 

ミッションコンプリート。

五十嵐は友香にリンゴを食べさせる事に成功した。

 

 

五十嵐は無類のリンゴ好きで、休みの日にはリンゴ狩りや美味しいリンゴジュースを売ってる店巡りをしたり…将来は青森でリンゴに関わる仕事をしたいとさえ思っていた。

 


しかし、そんな彼と付き合う友香が大のリンゴ嫌いだと知り困惑した。

自分の好きなものを押しつける事には躊躇いがあったが、どうしてもリンゴの魅力を知って欲しかった。

 


かくして五十嵐は友香にリンゴを食べさせる事に成功をした。

 


苦手を克服できて友香もさぞかし喜んで…

 

 

 

…はいないようだ、こちらを睨んでいる。

 

五十嵐は観念して深々と頭を下げて謝り、お詫びにデザートのムースを出した。

 

無類のスイーツ好きの友香は喜んで食べた。

「わぁー、美味しい!なんのムース?」目を輝かせながら友香は聞いた。

 

五十嵐は嬉しそうに答える。

「リンゴのムースだよ。」

 

カラン…とまた金属音が鳴り響いた。