≪物語≫肯定屋 ep4
この前まで薄手のコートでも暑いくらいだったのに、今では厚手のコートでも少し寒い。
季節というのはやはり巡っていくのだな…と当たり前な感想を抱きながら私は大崎しゅんのいる「肯定屋」のオフィスへ向かっていた。
あれから早2ヶ月が経った。
彼の思惑通り1ヶ月を過ぎた頃には我が社の世間における評判は大きく変わっていた。
大物俳優のスキャンダルがあった事も味方して、世間の興味や批判対象はそちらに移っていった。
元々取り扱う食品の味はもちろん、衛生管理にも絶対の自信があったため、あえて否定ばかりせず「衛生面の改善」をアピールしたのも良い結果に繋がった。これもしゅんのアドバイスだった。
「渋谷さん、人は否定をするものには否定で返す傾向があるんですよ。だから、否定からは何も解決しません。否定せず、でも異物混入を肯定するでもなく、ただひたすら衛生管理の質の高さをアピールする方がいいですよ。」
しゅんの言った通りだった。特に否定も肯定もしていないが、わずか1ヶ月足らずで我が社の世間における認識は"過去に間違いを起こしたが、見事に復活した大企業"という認識になった。
さらにここからのアフターケアが凄かった。
5,000人のパーティが徐々に次の動きをしだしたのだ。「どうやら異物混入はデマだったらしい」「ライバル企業のイメージダウン戦略か?」「山手食品は衛生管理の極みだよ」このような口コミが徐々に拡まっていった。
凄い…。
気がついたら私はスマートフォンの画面を眺めながら唸っていた。
確かに、彼らの言う通りだった。
あの時、あのタイミングでこのような口コミがあってもおそらく今のような結果にはなっていない。
少しずつ、我が社に対する評価が変わった上で初めて意味がある口コミだったのだ。
そこからみるみるうちに我が社の評判は戻り…それどころか以前よりも増していった。
これが肯定屋の力…。
エレベーターに乗り、オフィスがあるフロアに着いた。
インターフォンを鳴らすと品川が出てきた。
「あ、おっさーん、、、じゃなかった、渋谷さーん!お久しぶりっす!いい感じっすね、会社の評判!」
「あぁ、お陰様で。本当になんとお礼を言ったらいいか…。…しゅん…ええと、大崎くんはいるかい?」私はお礼を言ったのちにしゅんを呼んでくるよう頼んだ。
「はーい、お待ち下さい!しゅんさーん、しゅんさーん!」
オフィス内に品川の声が響き渡る。
「どうしたんだい?品川くん。…おや、渋谷さん。」
相変わらず病弱そうな風貌だが不思議な包容力を纏って大崎しゅんが出てきた。
「しゅん、本当にありがとう。おかげで我が社は持ち直せた。それどころか以前より業績も上がってるんだ。」
私は心からの感謝を伝えた。
「それはそれは…。良かったです。パーティのみんなもとても喜んでいますよ。」
しゅんも嬉しそうに答えた。
「ってゆーかー、もう渋谷さんも、渋谷さんの会社の人もみんなパーティじゃないっすかー!」品川が割って入る。
「あぁ、そうだったね。これからもよろしくお願いします、渋谷さん。今度御社にもご挨拶に行かせていただきますね。」しゅんは軽くお辞儀をした。
「もちろんだとも!ぜひ、社長や社員に紹介させてくれ。本当にお世話になった、ありがとう!」
私は興奮しながら答えた。
「いえいえ。今日はわざわざそれの為に?」
しゅんに言われハッと用件を思い出した。
「いや、今日はそれだけじゃなくまた別の案件を…」私は少しバツが悪そうな話し方で語尾を濁した。
しかししゅんは先ほどと変わらないトーンで「お話を聞かせていただけますか?」と微笑みながら言った。
「実は、今度社長が…」
大崎しゅんは相変わらず優しく包み込むように話を聞いている。
隣では品川が「おもしろそうっすねー!」と茶々を入れる。
私は真剣にお願いをする。
"肯定屋"
元々は"否定屋"の対策として生まれたサービス。人々の言葉や考え、人間性…あらゆるものを肯定し、優しく包む。
またの名を"味方屋"ともいい、言葉の通り全力で依頼主の味方をする。
人はひとりだと生きていけない。
人は否定されるのが怖い。
人は強くあろうとするが、その強さを理解するのが下手くそだ。
人は肯定されると自信を持てる。
肯定屋の仕事は甘やかす事ではない。
そっと寄り添って味方になって肯定をする。
そして、救われた全ての人が家族のように固い絆で結ばれる。それを彼らはパーティと呼ぶ。
1997年1月に創立し、わずか20年で総パーティ数330万6千人。
今日も彼らは誰かの味方になって肯定している。
君も悩んだり心が疲れたら行ってみるといい。
今は大崎しゅんは引退をして後継者が継いでいるそうだ。
どうやらしゅんは今はアーティストとして歌手活動を行なっているそうだ。
彼の事だ、誰かの味方になれる音楽を歌っているのかもしれない。
今度時間を作って聴きに行ってみよう。
たしかアーティストネームは…
イシ…イシヅヤ…なんだったかな、、珍しい名前が覚えにくくなった。私ももう歳だな。
fin
あとがき
長文駄文を読んでいただきありがとうございます。
"肯定"も"否定"も生きていれば当たり前に纏わりついてくるものです。
この物語はフィクションですが、僕はいつでも誰かの味方でいたいと思っています。
綺麗事なのかもしれませんが、本当にそう思っています。大きな別れを経験したとき、自分はもうこの世界でひとりなのかもしれない…と感じた事がありました。その時味方になってくれた人がいなかったら、色々な事を諦めていたかもしれません。
だから、できたらみんなも誰かの味方になってあげてください。自分に余裕がある時だけて構いません。余裕がない時はしっかり自分を守って、周りの人にも頼ってくださいね。
僕が音楽をやる意義…なんてものはそんなかっこいいものではないし、ただ生きているのと同じで呼吸をするように音楽をしていきたいだけです。作る事、表現する事が生きがいなので。
それはもしかしたら凄く冷たく、淋しいものなのかもしれません。
それでも、僕が作る音楽や言葉、音色で誰かの味方になる事ができたら幸いです。もっともっと色んな人に声が届くようにこれからも頑張っていきます。
誰かに肯定して欲しい・味方になって欲しい…という人はぜひ僕にご依頼くださいね(笑)。
パーティになりましょう。
読んでくれてありがとう!